

―母さん、僕のあの帽子(ぼうし)どうしたでしょうね?
ええ、夏、碓氷(うすい)から霧積(きりづみ)へゆくみちで、
谿底(たにそこ)へ落したあの麦稈(むぎわら)帽子ですよ。
―母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのとき、ずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。―
―母さん、あのとき、向(むこう)から若い薬売が来ましたっけね。
紺の脚絆(きゃはん)に手甲(てっこう)をした。―
そして拾おうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谿(たに)で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。
―母さん、ほんとにあの帽子、どうなったでしょう?
あのとき傍に咲いていた、車百合の花は
もうとうに、枯れちゃったでしょうね。そして
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で、毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。
―母さん、そして、きっと今頃は、―今夜あたりは、
あの谿間に、静かに雪が降り積もっているでしょう、
昔、つやつやひかった、あの以太利(いたり)麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y・Sという頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。―
11月12日
ネリネ(ダイヤモンドリリー)
ヒガンバナ科ネリネ属
原産地 南アフリカ
花期間 10月〜11月
別名 姫彼岸花
彼岸花やリコリスはアジア東南部原産で、花が先に咲いて葉が後から伸びますが、ネリネは葉も同時に伸び、開花期間がヒガンバナより1ケ月ほど遅れて咲きます。花の付き方も全体が丸く咲くものが多いようです。1900年頃からイギリスで改良がなされ園芸種が多くつくられています。
かなしみは明るさゆゑにきたりけり
一本の樹の翳(かげ)らひにけり
前 登志夫
写真はクリックすると1024×768ピクセルの壁紙サイズの画像がでます
11月9日 宇治植物公園にて
帽 子 西條八十